日本のみなさんは、ベトナムの伝統衣装「アオザイ」をご存じでしょうか。ベトナムのガイドブックやテレビのなかでも、見かけたことがある方も多いのではないかと思います。
アオザイはベトナムで昔から愛されてきた民族衣装。チャイナカラーといわれる立襟に、体のラインに沿った細身のシルエットの上衣と、ゆったり太めのパンツ(クアンといいます)を合わせたものです。ベトナム語で「アオ」は上衣、「ザイ」は長いという意味で「長い上着」ということになります。
美しいラインと足首にかかるほど長い丈に、腰骨あたりまで開いた深いスリット。その優雅で上品なデザインは、ベトナムが世界に誇る素晴らしい文化のひとつです。日本人にとっての着物のような存在と言えます。
ところが今、この美しいアオザイの文化が少しずつ失われつつあります。
近年ベトナムは海外からの投資により急激な経済成長を遂げ、人々の生活は豊かになりました。しかし経済発展に伴って海外の文化が流れ込み、生活様式から食べ物、そしてファッションまで変わってしまったのです。
以前のベトナムでは多くの人々が街中でアオザイを着用し、学校の制服は毎日アオザイなのが普通でした。ところが現在では、結婚式やイベント時などに正装として着用するのがほとんどで、制服として着用するのはホテルや航空会社など一部の企業だけ。一般の人にとってアオザイを着る機会が急速になくなってきているのです。
このままでは美しいアオザイ文化が衰退してしまうのではないかと、非常に強い危機感を抱いています。
アオザイへの溢れる情熱の持ち主
そもそも、私たちがこのようにアオザイの未来について考えるきっかけとなったのが、アオザイのデザイナーとして世界的に知られているシー・ホアンとの出会いでした。
シー・ホアンは、並々ならぬ情熱の持ち主です。
私財を投じてアオザイ博物館を建てたり、アオザイに関する講義を無料で行ったり。ビジネス的な視点を切り離して、ここまでアオザイのために行動できる人は、ベトナムの中でもなかなかいません。
ここからは、シー・ホアンについてご紹介させてください。
世界的なアオザイデザイナーの誕生秘話
彼はもともと大学で建築学科の講師をしていました。その時点ではアオザイに対して、特別な思い入れは持っていなかったといいます。ところがある日、ホーチミンで開催される「ミス・アオザイ・コンテスト」に出場する女性が、彼のもとを訪ねてきてこう言ったそうです。
私はいま決勝トーナメントまで進んだのですが、真っ白なアオザイしか持っていません。ここに柄をほどこして、決勝で着用したいと思っています。ぜひあなたにデザインを考えてもらえないでしょうか?」
まったく専門外の申し出にびっくりしたものの、女性の真面目な様子に心を動かされ、アオザイのデザインを引き受けた彼は、彼女のために「白いアオザイに白いバラ柄」のアオザイを描きあげます。
そして、決勝戦当日——。
色とりどりのアオザイを着た参加者がひしめくなかで、彼がデザインした「白いアオザイ」は会場の視線を集め、女性は準ミス・アオザイに選ばれ、手掛けたアオザイも、デザイン賞を受賞しました。
まるで映画のようにドラマチックな出来事ですが、彼はこのユニークな依頼をきっかけに、建築の道から転身、アオザイデザイナーとして歩み始めたのです。
シー・ホアンがデザインするアオザイは、着る人の美しさを引き立ててくれます。そのデザイン力が高く評価され、その後もミス・アオザイ・コンテストの衣装デザインを担当。著名人や政治家たちも彼をこぞって指名することに。今では超一流のアオザイデザイナーとして彼の名は知れ渡っています。
しかし、シー・ホアンはただ自らの営利を追求しているわけではありません。誰よりもアオザイのことを考えている彼は、アオザイの未来についてこう語ります。
「私は、子どもたちとアオザイが触れ合う場を作ることが大切だと考えています。そうすれば大人になってもアオザイを身近な存在に感じ、着用する機会が増えるでしょう。幼少期にアオザイへの『愛の種』を子どもたちに植え付けておけば、大人になってからその『愛の花』が美しく咲くのです」
私たちはこのようなシー・ホアンの人柄と考え方に強く共感し、アオザイの伝統を守るために何かできることはないかと考え始めました。
ところがその矢先に、新型コロナウイルスの世界的な流行が起こります。ベトナムでも国民の命を守るため多くの規制が導入され、アオザイ博物館は閉鎖。講座や講演なども思うように行うことができず、アオザイの普及活動もままならない状況です。
また大規模なイベントも中止となってしまったので、シー・ホアンの顧客たちがアオザイを着る機会も失われてしまい、アオザイの制作数も減少しています。
この厳しい状況を打破するため、私たちは今回のクラウドファンディングを立ち上げることにしました。
アオザイの魅力をたくさんの人に知ってほしい
シー・ホアンはアオザイという衣装だけに留まらず、その文化や美しさを現代の生活のなかでより身近なものにするために、クッションカバーやポーチといった雑貨として表現する活動を行っています。アオザイのデザインを取り入れたそれらは、衣装と同様に上質で優雅、そして華やかなものです。
今回のクラウドファンディングでは衣装としてのアオザイのほかに、こうした「新しいアオザイのカタチ」をリターンとしてご用意しました。また、このために日本の方々に向けたデザインを描き上げました。今回私たちが心を込めて作り上げた作品を通して、美しいアオザイの魅力を日本の方にも楽しんでもらいたいと思います。
アオザイ工房の雇用を守って文化継承に繋げたい
また、このクラウドファンディングを通して雑貨を制作・販売することで、アオザイ工房で働く方々の雇用を守ることができます。私はそれが結果として、ベトナムの伝統文化を継承していく一歩につながると信じています。
今回集まった資金は、アオザイ文化を広めるための活動資金として、以下のような用途で使わせていただきます。
・アオザイ博物館の運営維持費
コロナ禍以前は観光客が多く集まり、活気にあふれていたホーチミン市のグエンフエ通り。そこに、シー・ホアンが出資したアオザイ博物館があります。
アオザイの変遷と歴史が学べる貴重な博物館は、アオザイ文化の継承に欠かせない存在です。現在は閉鎖していますが、コロナ禍が終息したあとは、また以前のようにたくさんの人々に訪れてほしいので、支援金を施設の運営維持費に活用させていただきます。
・日本でアオザイのデッサン教室を開催する資金
シー・ホアンは、ベトナムで子どもたちに向けてデッサン教室を開催していました。コロナ禍前まではベトナム国内のみの開催でしたが、コロナが終息したらぜひ日本でもデッサン教室を開催したいので、その資金に充てたいと思います。